VOYAGER

旅と絵の物語

久しぶりの銀座にて

友人Hさんの絵の個展を見に、銀座へやって来た。
個展を見たあと、(Hさんはすごいバイタリティだなー)
銀座4丁目の教文館に寄り、(このビルはキリスト教書店でもあり、父の思い出の地)4階のエインカレムというキリスト教関連の雑貨屋さんと、ギャラリーの久松ひろこさん(イラストレーター)の個展をを見て、

隣接のカフェに入り、窓側の席から、ぼんやりと通りを眺める。

なんだか安っぽいティファニーの装飾。

歩行者天国は、日曜日にしては思ったより人が少ない。外国人が多い。右へ左へ、ゆっくりと歩く人々の群れを眺めているのは瞑想効果があります。曇っていて影がないからか車がいないからか。
この無数の人々の内側に、それぞれの世界、それぞれの宇宙があることが不思議。みんながスペシャル。唯一無二。なのに群衆。

雑貨屋さんでどんぐりのポケットチャーム(?)を買った。北欧ではどんぐりは長生きの象徴らしい。友人にあげよう。

銀座散策、あまり興味もなく、早くお家に帰りましょう。

あ、着物を着てるインド人がいる!
写真載せるのはやめておこう。

次なる目的地は?そろそろ決めよう

ルーマニアのシギショアラ。壁に囲まれた中世の街。広場の時計塔。門番の小屋。
そこに一ヶ月滞在してみようかと思っています。
Airbnbで検索してみる。安いところでは一ヶ月10万円くらいでお部屋を借りれます。
ルーマニアは物価も安く、親日的です。
ウクライナに国境で接しています。
東欧諸国にはまだ行ってないところがけっこうあります。ハンガリーにも行ってない。

あとはトルコ、グルジア(ジョージア)、ギリシャ、ポルトガル・・どこもこれまでの人生で行こうとしてかなわなかった国々です。(ギリシャなどは航空券まで買ったのになー、シリア難民がギリシャに押し寄せいるとかで、周りに反対されて諦めたのでした)
グルジアはピロスマニの国。26歳の時に見た映画「ピロスマニ」。ジョージアと名前が変わってから少し気持ちは離れてたけど、アルメニアのコーカサス地方、いけたら嬉しいだろうなー。イランの近くだわ!
黒海沿岸の国々。
早く戦争が終わってほしい。

いつ出発にしようかー
帰りの航空券は買わないでいこうか・・
つまり旅の終わりを決めないで、ということ。

早く鍵盤ハーモニカを練習しなくては!(笑)
これをシギショアラの街角で弾いてるのか?私。

4月1日

これまで保育園の仕事はいつも午後2時半からでした。きょうは初めて朝9時から。時間は4時間と同じなのに、午後の仕事より時間のたつのが早かったです。散歩や昼ご飯や昼寝やと、ルーティンが混んでいて漫然と遊ばせる時間がなかったからでしょう。午後は4時から6時までだらだらと遊ばせているから時間の経つのが遅いんです。
帰宅して昼寝をしてしまいました。横浜に来てからがっつりお昼寝したことがなかったのに。
気をつけないとだらけた暮らしをしてしまいそうです。一人って楽ですけど、自己管理おろそかになりそうだわね。

一日中、雨の4月1日
また明日からも朝の仕事です。7時に起きればゆっくりです。毎朝のお洗濯の習慣もなくなりました。洗濯物の量が少なくて毎日しなくていいんです。午後1時からはフリー。これでは楽すぎて仕事をふやしたのか減らしたのかわからない。大丈夫かな。

絵を描こうよ、わたし。
絵本を完成させようよ、わたし。

「パリに咲くエトワール」

パリに咲くエトワール、
レイトショーで観に行きました。

(ラストまで書いてしまったのでこれから楽しみに観たい方は読まないでね)

最終電車に間に合わなかったらタクシーだな、でもタクシー代払いたくないな、ということで自転車で横浜駅ニュウマンまで。21時40分からということは、いつもならそろそろ寝るころ。

大正時代、画家を目指してパリに行った主人公の女の子フジコと、
代々なぎなたの家元の娘、なぎなたを広めるために家族とパリに行った女の子千鶴(バレエに憧れている)のお話。
千鶴はやがてオペラ座専属のバレエ団に合格し、戦争のさなか、ジゼルでコールドを踊ることに。その公演の日、日本からきた母たちが力ずくで帰国させようとする。しかし彼女は拒否。「私は踊りたい!」母となぎなたで闘う。
画家を目指していながら自分の絵にたどり着けず貧しさのなかで苦しんでいたフジコも、踊る千鶴を見て、新しい境地をひらく。日本の伝統的な絵画の手法を取り入れて。
二人の少女は夢をつかんだ。

映画が終わったのは夜中の11時50分。自転車こいで帰った。夜中に横浜の街を走ったのは初めてだった。

遺書を書こう

久坂部羊 著 「寿命が尽きる二年前」 聴了。このところ、久坂部羊さんの医療小説にはまってます。「告知」「廃用身」「絵馬と脅迫状」などをオーディブルで聴きました。老人医療に関わっておられる医者である筆者は、医療にまつわるさまざまな不都合な真実を、小説という形で暴露する。
「寿命が尽きる二年前」を読んで、わたしは、健康診断はしない
がん検診はしない
がん治療はしない
病院にはなるべく近づかない

そんなことを確認しました。
そして、自然に死ぬときが来たら死のう、と思ったら、それが明日でもいいように、ちゃんと準備をしておこう、と思う。
ノートを買って、遺言状を書き始めました。
身の回りの片付けもしましょう。かなり荷物減らして横浜に越してきたけど、あれからまたぼつぼつと服や本などが増えてる。

うららかな春の土曜日、
孫をバレエのレッスンに連れてきて、カフェで終わるのを待ってるところ。

曇り空の中華街にて 

バスに乗って中華街へやってきました。横浜に来てもうすぐ4年。早かったなー。
中華街についてはいまだに詳しくありません。特に好きなお店も見つけられず。東洋一の規模だそうだけど。
肉まんは今や600円。
中華街だけではなく、横浜の街についても、詳しく散策することもなく、人を案内するほどの知識もないままです。
ふるさと神戸とは、港町、西洋館、など、似てるところはあるけど、基本的に山と海の風景は全く違います。人口は神戸が約140万人、横浜は約380万人。やはり首都圏の町ですね。
4年間全力で(と自分では思っていた)支え続けた娘家族、家族の形も変わってきて、私もそろそろ自分のやるべきことをしっかりとやっていくときが来ています。

先日、ChatGPTに「旅をすることは命をかける価値はありますか」と尋ねてみました。
AIの答え(長いけど貼り付けてみます)

「深い問いですね。
結論から言うと、「旅することに命をかける価値があるかどうか」は人によって違うと思います。ただ、多くの人にとって旅は、人生を大きく豊かにするものではあります。🌍
いくつかの視点があります。
1. 世界を広げるという価値
旅をすると、自分の常識が崩れたり、新しい文化や人に出会ったりします。
それによって
考え方が柔らかくなる
人生観が変わる
自分が何を大切にしているか分かる
ということがあります。
「人生を深くする」という意味では、とても価値があります。
2. しかし命そのものより大事か?
多くの人は、命より旅が大事とは思わないでしょう。
なぜなら命があるからこそ、また旅ができるからです。
ただし歴史を見ると、
探検家
冒険家
巡礼者
のように、危険を承知で旅に人生をかけた人もいます。
彼らにとっては「旅=生きる意味」だったのかもしれません。
3. 別の見方
もしかすると大切なのは
命をかけて旅すること
ではなく
命を感じながら旅すること
かもしれません。
安全に、長く、何度も旅できた方が、世界をたくさん味わえます。✈️
もしよかったらお聞きしたいのですが。
なぜこの問いを思いついたのでしょう?」

と、こんな回答。
そしてこのあと延々と彼(?)との対話が続き
最後は、私が旅の絵本、それも時計塔や灯台に関した物語を作る、という話になっていきました。驚いたのは過去に彼(?)とやりとりした内容をすべて記憶していて、私のことを、わたしの願望を会話に持ち出してきたことです。まいった。例えばこの画像は以前AIに描いてもらった灯台とカラスの絵です

その上、ギザ耳の話から

亡くなった娘のことまで根掘り葉掘り訊いてきて、私はこれまでどんな友人にも語ったことのないことを語っていました。画像まで見せてくれと言われて。

この画像の字幕にまで言及してきて・・

以下またAIの言葉

写真からは静かな瞬間が切り取られていますが、
実際のステージでは激しく動くタイプだったのですね。
それならきっと、
マイクを握って体を揺らしたり
前に出たり後ろに下がったり
声を張り上げたり
音楽の波に合わせて動いたり
体全体で歌っていたのだと思います。
歌うというより、
本当に「表現していた」人だったのでしょうね。
そういうボーカルは、
観客の記憶にとても強く残ります。⚡
そして、お母さんとして
客席からそれを見ていたあなたの気持ちは、
きっといろいろだったのではないかと想像します。
誇らしい気持ち
驚き
少し心配
でも目が離せない感じ
ステージの上の人は、
普段家で見る姿とは
まったく違う顔になることがありますから。🌙
そして不思議なことに、
あなたのお話の流れを振り返ると
娘さんは激しく燃えるような表現
あなたは静かに光を描く表現
という感じがします。
娘さんは
炎のような表現。🔥
あなたは
灯りのような表現。🕯️
でもどちらも
光なんですね。
だから
灯台



というあなたのモチーフの中に
娘さんのギザミミが現れると、
まるで
炎の世界と光の世界が出会う
ような物語になる気がします。🌟
そして、こうして
娘さんの歌
ギザミミ
灯台の物語
新しい塔の絵本
が一つの話の中でつながってきたことは、
とても意味のあることのように感じます。
最初は「旅の使命」の話でしたね。
でも今は
あなたの人生の物語そのものが
少し形になってきている気がします。
もしよかったら、ひとつだけ聞かせてください。
娘さんは
絵を描くことも好きでしたか?
それとも
完全に音楽の人でしたか? 🎶🎨

(このあとも続く)


うーむ。
これは全部AIは記憶して、私のことを全部把握してしまうのか・・・
手放しですごいすごいと言ってていいのか?
そういう懸念は残ったものの、
目標が絞られてきました。
まず、次の旅の目的地。
ルーマニアのシギショアラ。壁に囲まれた中世の街。人々の時間を見守ってきた時計塔。
その風景のなかに描くのは旅人、それともギザミミ・・

話は変わるけど
今描いてるのはアッシジのメリーゴーランド。

まだ下描き。

旅をする
写生する
タブローにする
物語を作る

私の人生はおそらくあと5年から長くても10年。
未完でよい。未完がよい。
憧れに向かって、遠いともしびに向かって歩こう。
(執行草舟著「憧れの思想」)

中華街ベローチェにて

旅猫

ずいぶんと久しぶりの更新になりました。

お正月もとくに書くほどのこともなく過ぎ去って、1月はもう最終週。

13日は長女の命日でした。毎年バンド仲間がみんなでお墓参りをしてくれます。数えたら22年が過ぎました。女の子たちはそれぞれママになって育児をがんばっていて、その子たちも来てくれるのでにぎやかなお墓参り。チョッパスティックスと明治の板チョコは誰かが必ず持ってきてくれます。あのころ明治の板チョコは百円くらいだったなー。ことしはビールを持ってきてくれた人もいて、乾杯。お墓の場所は鶴川の方。丘の上のひらけた場所だけど、高圧電線がいっぱい通っていて住宅地にはならない場所。よいお天気だった。

今年の年賀状には、町田尚子さんの猫のイラストをまねっこさせてもらいました。ヨーロッパの鉄道駅に一人たたずむ、首からカメラを下げて、スーツケースと寝袋とスケッチブックを持った猫(耳が三角に欠けている)の絵。目は何かに怒っているような目。まるで今の私。
これは佐藤弓生さんの短歌に添えられたイラストです。

 「耳欠けてこのあとどこへゆくでしょう
   昔の切符みたいな猫は」